ジュリアーノ・ガルガーニ
Juliano Gargani
(1938年フィレンツェ生まれ)

1979年、フィレンツェの「トラットリア ガルガ」の創始者で、アーティストで、こよなく花と女性を愛する男。言葉にすると気むずかし屋としか思えない人物だが彼は実際、正真正銘の伊達男である。だが、いつもクラシコ・イタリアのスーツを着こなしているわけではない。バンダナを頭に巻き、絵の具のついたシャツを着て、一見竹刀のような手作りの杖をついている。しかし、それがなんとも格好よく、いかにもおかまいなしといった風情がまた良く似合う。
10歳のころ、ジュリアーノは肉屋の小僧として働き始める。肉屋の親方から肉が何たるかを学び、料理人の仕事を見て、料理とは何であるかを知った。そして…
“なぜ自分は優れた肉屋であり、優れた料理人なのか、それは愛があるからだ”ジュリアーノは胸を張ってこう語る。
素材はいつも新鮮、それがガルガだ。もちろん、伝統的な、ことこと煮込んだミネストラや、じっくりとローストした肉の美味しさも知っていた。シンプルな素材が生きた料理法は、次第に支持を得、フィオレンティーニが、ガルガの料理をこれもまたフィレンツエ料理と認めたのである。他の店とは違う自由な雰囲気は噂が噂を呼び、ついにはガルガのパスタ料理がアメリカ雑誌「GQ」で世界の十大料理に選ばれるまでになった。
店主であり、料理人であり、芸術家であったジュリアーノはフィレンツエをこよなく愛していた。これが、uomo bello 伊達男、ジュリアーノ・ガルガーニである。

エリオ・コッツァ
Elio Cotza
(1958年サルディーニャ生まれ)

ジュリアーノ・ガルガーニのもとで概に四半世紀以上働くエリオ・コッツァ、農家に生まれた7人兄妹の3番目。14歳で故郷を離れピエモンテ州郡トリノのリストランテに下働きに入った。エリオと料理の出会いは、ここの料理人の料理人の仕事を端で見て覚えた。エリオは料理を覚えると共に紳士たるものの装いも学んだ。常にジャケットにネクタイという装いであるべし、と脳細胞に刻み込んだのである。だから夏の一時期を除いて、エリオは常にシャツにネクタイを締めて厨房に立つ。
冬はロングコートをなびかせて自転車で市場に買い出しに行く。 エリオがジュリアーノと出会ったのは‘84年。エリオは口八丁手八丁なイメージのイタリア人とは違い、どちらかというと口下手で朴訥。何かとジュリアーノとは凸と凹といった具合だが不思議と馬が合ったようで、以来、エリオはジュリアーノの片腕としてガルガを支えて来たのである。 ジュリアーノには2人の息子がいて幼かった子供たちが成長し、厨房で働くようになっても、彼らからは常にズィオ(おじさん)と呼ばれている。ジュリアーノがバッポ(父さん)なら、エリオは ズィオなのだ。
器用でないけれど真面目で、心から尊敬する人を持ち楽しいことが好き。そして奥様は日本人で大の親日家。エリオとは、珍しいほどの善良なる男、uomo buonoである。
このエリオあってのガルガなのである。・・・・・池田愛美・池田匡克著